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"トム・クルーズはパリの名誉市民の候補にあがったことがあったが、サイエントロジーを悪質なカルトと見ているフランスの事情もあり、結局はパリの市議会は彼をサイエントロジー信者であるという理由で名誉市民にしなかった。"

トム・クルーズ - Wikipedia (via tiga)

(via mcsgsym)

"仕事の依頼に対してどーしたらいいかアドバイスするけど「なるはや」といわれたら一年後以降に出すこと、なぜならばもっと具体的な締め切りを提示してくれる人の方が有能だから大事にするべき。「おまかせ」といってきたら必ず後出しで変更してくるので契約はかわざす仕事は途中で放り出すべき"

Twitter / akiman7 (via handa)

(Source: katoyuu, via handa)

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時間というものは一時間あったら50分しか使ってはいけないものだ、とわしは子供の時おそわった。
どんなに根を詰めても10分は休まないとな。
朝の8時から起きて一日を過ごせば、午後8時にはほぼ完全な休息に入らなければ人間は人間でなくなってしまう。
10歳以下の子供なら午後8時はもうベッドに入っている時間である。
眠るためでもあるが、日常とは切り離された時間のなかで、いろいろなことを考えるためです。

日本のひとは時間を隙間なく埋めてしまうのが大好きなようにみえる。
「ぎっちりした時間」が出来上がると、ちょっと嬉しそうだ。
逆に午後4時から午後7時まで「なにもない空白」な時間があると、とても不安になったりしそうである。
この3時間を、どうやってすごせばよいだろう。

ほんとうは、3時間も空いてしまったら、大チャンスなのだから、もしきみが海辺の町で仕事をしているのだったら、ベーカリーによってクリーム・バンを買って、コーヒーのボトルをもって、海辺のベンチに歩いておりていって、ぼんやり海を見ているのが良いのです。
ずっと昔のことを考えて、ああ、あんなことあったなあ、と頭の奥のすみっこで曖昧な輪郭をなしている記憶を呼び起こす。
持っているクルマのサードギアがスムースに入らないのはなぜだろうと思う。
自分にはどんな伴侶が向いているのだろう。
SFって読んだことないけどおもしろいのかな。

文明人の特徴というべきか定義というべきかは、まさにこれであって、文明人で精神が健全なら「3時間」などは、そうやってぼんやりものごとを思い浮かべているだけであっというまに経ってしまう。
そうやって3時間を過ごせないで退屈してしまうひと、というのは、それだけ自分の中の文明が破壊されてしまっているのだと思います。

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「時間を取り戻す」_経済篇 « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 (via jinon)
2011-01-05 (via gkojay)

(via plasticdreams)

"先程まで話していたドイツの友人からかなりショッキングな話を聞いた。

 昨年ドイツの著作権協会GEMAがドイツベルリンのクラブやディスコ、ライブハウスでの楽曲使用料金の大幅値上げを発表したそうだ。なんとそれが今までの10倍との事。かなりの数のクラブ、ディスコ、ライブハウスが閉店に追い込まれそうだと彼は悲しんでいた。

そして昨日にはデジタルDJライセンス制度なるもの発表になったそうだ。
 この制度はDJがデジタルコピーをした楽曲をプレーする場合1曲につき0.13ユーロのライセンス料を支払わなくていけないというものでCDRやハードディスクにコピーした全ての楽曲は元よりiTunesやBeatportから自身で購入したものやアーティスト自身からプロモーション用に譲渡を受けたものにまでこのライセンス料は発生するという事。
つまり自分のパソコンに1万曲入っているとしてこの状態でクラブ等でプレイすると約13万支払わなくてはいけなくなる。課金されるのはプレイした曲では無く持参しているCDR及びパソコンのハードディスク内の曲全部だとの事。さらに最悪なのは全てのDJはGEMAなどの著作権協会との契約が必要となり契約がなされていない場合には処罰の対象となるとの事。"

クラブ大国ドイツ崩壊?デジタルDJライセンス制度|doravideo FreakToneFreak’s (via yuria)

(Source: kogumarecord, via yuria)

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 以前、あちこちのお寺で参禅経験があるという初老の人と話をしていたら、彼がこんなことを言った。

「南さん、坐禅というのは人を傲慢にしますな」

 これはおかしいだろう。普通は、坐禅を続けていれば、「我がとれて傲慢でなくなっていく」という筋書きになるはずである。

 ところが、彼は逆だと言うのである。

「私 は最初、勉強だと思って、いろいろなお寺の坐禅会に参加していました。しかし、そのうち通うのをやめて、家で坐禅を続け、折に触れて知り合いのお坊さんに 直接指導してもらうようにしたのです。実を言うと、お寺の坐禅会もいいのですが、かなりの割合で、だんだん居心地が悪くなっていくのです」

 坐禅会の「居心地」とは何のことだろうと思っていると、

「そ れというのもですねえ、どの参禅会に行ってもたいてい、何というか、すでに五年十年坐ってます、みたいな『古株』の人がいるんです。お寺によってはこの人 たちが初心者の指導を任されているところさえあります。それはそれでよいのですが、どうかするとですね、彼らがときとして、初心者とか新参の者に対して、 なんとなく尊大な、横柄な感じになるんです。本人は気がついていないかもしれません。しかし、初心者や新参の者にはそう感じることが多いのです」

 彼は私の表情を伺うようにして、ニヤッと笑った。

「もうひとつイヤなのはですね、四十人、五十人くらいの大きい参禅会になると、住職や指導してくれる和尚さんをめぐって、派閥みたいなものができてくるんです。それで寵愛を競うみたいな。ね、イヤでしょう」

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恐山あれこれ日記: ちょっとした感想 (via ginzuna)

(via yaruo)